国際社会における「生存ダイナミクス研究センター」の新しい挑戦
センター長 深水 昭吉
平成6年5月、当時の学長・江崎玲於奈先生(ノーベル賞受賞者)のご発案により、本センターの前身の筑波大学先端学際領域研究センターが設置され、その後、平成22年10月に生命領域学際研究センターに改組されました。さらに、平成30年4月に本センターは、細胞・個体の遺伝情報やシグナル機能の解明を基盤として、環境変化へのダイナミックな応答を「生物の生存戦略」と捉えて研究を深化させ、生命動態科学の新たな道を切り拓くことを目指し、『生存ダイナミクス研究センター』(Life Science Center for Survival Dynamics, Tsukuba Advanced Research Alliance, TARA)として生まれ変わりました。
ヒトの生活の基盤となる健康・食・医療は、地球温暖化、生物多様性、少子・高齢化や生殖医療等の諸課題と密接に関係し、地球規模の関心事として社会全般に広がっており、それらの問題を解く鍵は、我々ヒトを含む生物の生命情報に潜んでいます。細胞は、DNA、RNA、タンパク質、脂質や低分子などを利用する生命反応を介して、環境の変化に巧みに応答していますが、生物を適応・順応させる未解明なコードが生命情報に書き込まれています。そこで本センターでは、環境への応答や防御あるいは進化といった生命反応の未知なる部分を解明し、生物の潜在的な生存戦略のコードを発掘・解読(デコード)することを目的としています。
本センターの代謝・生殖・循環・生理・構造・免疫等の各研究領域では、受容体、核内因子や情報分子などの三次元立体構造や、因子間相互作用、これらの制御機構を解析し、様々な生命現象をつかさどるタンパク質や調節因子(高分子や低分子)の機能解析をさらに発展させていくことを目指します。このように、生物の生存戦略の理解は、基礎科学研究を展開して医療技術の開発を推進し、その成果を活用した健康寿命の延伸を目指す我が国の政策にも合致しています。さらに、基礎科学研究の探求を通じて、人類と環境が調和することで、持続的かつ再生可能な社会の創造に貢献したいと考えます。
さて、人類の歴史に紀元前(BC)と紀元後(AD)があるように、生命科学にも、染色体の実体が理解される前(Before Chromosome [BC])と、DNAの二重らせん構造が解かれた後(After DNA [AD])の転換点があり、遺伝情報にもとづく新しい研究が展開されてきました。新型コロナウイルスが出現した2019年を境に、「コロナ前(Before Corona:BC)」から「病気を克服した後(After Disease:AD)」に向けて生命科学のパラダイムが大きくシフトしようとしています。
まさに、『生命情報新世紀』となる現在、国際的な競争も激しくなる一方、世界の研究者が共同研究を発展させる好機にもなっています。生存ダイナミクス研究センターでは、これまでの医学、生物学、農学、薬学、健康科学という多様な領域の相互連携・共創を強化しつつ、大学生・大学院生はもとより、若い世代の研究者が没頭できる「内発(興味追求)型学術研究」を推進するとともに、新時代のニーズに応える「課題解決型学術研究」にも取り組み、国際共同研究を展開しながら、生命情報デコードにチャレンジをして参ります。